AtsEXによる時素制御信号の再現

おーとま氏開発のAtsExを利用して、営団地下鉄の打子式ATS路線で使用されていた時素制御信号をBVE Trainsimで再現しました。

時素制御信号は、打子式ATSにて速度照査を実現する機構です。以下では、打子式ATSの基本機能から時素制御信号の概要、そしてBVE上での再現結果までを説明します。

(2023-07-17更新: サンプルシナリオについて、AtsEx v0.19.30520.1で動作するよう修正)

打子式ATS

営団地下鉄銀座線・丸の内線でかつて使用されていた機械式のATSです。

(打子式ATSは他の路線でも使用されていましたが、本稿では銀座線・丸の内線の場合に基づいて説明します)

各信号機直下のレール近傍に打子を設置し、列車先頭部の打子が届く位置に非常ブレーキコックを用意します。停止信号では図1のように打子を起立させ、列車が停止信号を通過した場合に非常ブレーキコックと衝突させ、列車の非常ブレーキを動作させる仕組みです。

図1. 起立状態の打子(地下鉄博物館にて)

基本的な信号現示パターンは図2に示すようになっています。先行列車の在線区間の1つ前の信号機にも停止信号を現示することで、停止信号を冒した列車を安全に停止させることができます。

図2. 基本的な現示パターンと打子の状態

時素制御信号

前項で記したように、打子式ATSはある地点を通過した列車の非常ブレーキを動作させる機能のみを持っており、基本的には列車速度のチェック(速度照査)は行なっていません。

しかし、銀座線・丸の内線の一部区間では、地上側で列車の進行速度を測定し、測定結果に応じて打子を上げ下げすることで速度照査を実現していました。地上での速度照査は閉塞区間単位で行われ、この機能をもつ信号機を時素制御信号と呼びます。

図3. 時素制御信号(YY現示)の動作概略図

時素制御信号を含む区間の現示パターンは図3のようになります。進入速度を制限したい区間の入り口に時素制御信号を設置します。時素制御信号では制限信号(YY)を現示しておき、制限信号では打子は起立させます。このため、制限信号が現示されている区間に進入した列車は非常ブレーキで停止させられます。

列車が1つ手前の閉塞区間に進入してからの経過時間を測定し、一定以上の時間が経った場合にのみ時素制御信号を注意信号(Y)に変化させ、打子を下げます。これにより、一定以下の速度で手前の閉塞区間を進行した列車に対しては、非常ブレーキを動作させずに通過させることができます。

例えば、時素制御信号への進入速度を30[km/h]=8.33[m/s]以下としたい場合で、1つ手前の閉塞区間の長さが100[m]ならば、制限時間を100[m] / 8.33[m/s] = 12[s]とします。この場合、該当区間を平均30[km/h]以上で走行した列車に対して制限信号は注意信号に変化せず、列車は非常ブレーキで停止させられることになります。

制限信号の灯火配置はYYで一般の路線の警戒信号と同じ配置ですが、上に述べたように制限信号を通過した列車は非常停止させられることから、警戒信号よりも強い規制をかけているという意味で「制限信号」という名称が付けられたそうです。なお、丸の内線での信号現示と制限速度の関係は、進行(G): 65km/h, 減速(YG): 45km/h, 注意(Y): 30km/h, 制限(YY): 20km/h, 停止(R): 0km/hです。

時素制御信号は、主に次の場合に設置されていたそうです。

  1. 停車時間が長い駅の手前で列車間隔を特に詰める必要があり、閉塞区間が特に短くなっている箇所(クロージング・イン)
  2. 駅手前に急な下り勾配がある箇所(勾配信号機)
    • 現示パターンの例は次節図5を参照
  3. 線路終端の手前

BVEでの再現

前置きが長くなってしまいました。

時素制御信号機をBVE Trainsim 5/6で再現するには、自列車の走行状態に応じて信号現示を制御する必要がありますが、純正のBVEにはこのような機能はありません。

機能がないのなら追加してしまえということで、おーとま氏開発のAtsExを利用する練習として時素制御信号機の再現を行ってみました。

サンプルシナリオは以下のリンクからダウンロードできます。このシナリオを動作させるにはAtsEx v0.19.30520.1 以降が必要です。インストールガイドを参照してあらかじめインストールをお願いします。なお、AtsExは入力デバイスプラグイン版の使用を前提としています。

2023-11-12追記: BVE6 + AtsEx v1.0.31106.1 (Inputdevice版)でも動作することを確認しました。

zipファイルをダウンロードしたら、ファイルを右クリック→[プロパティ]を開いて、[許可する](下記画像参照)にチェックを入れてから、zipファイルを展開してください。この手順を飛ばした場合、シナリオを実行できない場合があります。

このシナリオでは、次のような構成で打子式ATSと時素制御信号の再現を行なっています。何がしかの参考になれば幸いです。

  • マッププラグイン(AtsEXの機能)
    • 自列車が特定の地点を通過してからの経過時間を測定
      • 条件を満たした場合にSignalPatch機能により対応する信号機の現示を切り替え
      • DxDynamicTexture機能により現示が切り替わるまでの残り時間を信号直下に表示
  • 車両プラグイン(BVE純正機能)
    • 0番地上子を通過した際、対応する信号がR or YY現示であれば非常ブレーキをかける
    • 列車速度の監視は行なわない
      • 駅ジャンプ判定除く

運転方法

図4. 時素制御信号のBVEでの再現例

サンプルシナリオは駅1-2-3の2区間で構成されています。信号に対する速度制限は、進行(G): 65km/h, 減速(YG): 45km/h, 注意(Y): 30km/h, 制限(YY): 20km/h, 停止(R): 0km/hです。

駅1-2間で制限信号を現示しています。手前の注意信号の速度制限を守り、100mの閉塞区間を12秒以上かけて走行してください。図4に示したように、信号機の直下に現示変化までの残り時間インジケータを設けてありますので、運転の参考にしてください。(インジケータはあくまでもBVE上での演出で、実物には存在しません)

駅2-3間には33‰の下り勾配があり、この区間の制限速度は45km/hとなっています。時素制御信号をクリアするには100mの閉塞区間を8秒以上かけて走行してください。なお、下り勾配での時素制御信号は2つ手前の閉塞区間の走行時間を測定しており、正常な取り扱いであれば減速現示(YG)を確認しながら運転できるようになっています。詳しい現示パターンは図5の通りです。

図5. 下り勾配での現示パターン

非常ブレーキが動作した場合は、停車後にブレーキハンドルをEB位置にしてB1(Home)キーを押すとATSがリセットされます。リセット後もブレーキ管圧力が回復するまでブレーキは緩まないのでご注意ください。

なお、実物では、非常ブレーキコック(D-1突当たり弁)が動作してから一定時間後に自動でブレーキが解除される仕組みになっていたようですが、動作の詳細がよくわからなかったため手動リセットとしています。

余談

AtsExを使うにあたって少しつまづいたポイント、考えたことをまとめておきます。まだAtsExをきちんと理解していないので、間違ったことを書いているかもしれません。ご注意を。

  • SignalPatch
    • 適用した信号機の現示は完全にマッププラグイン側で制御しなければならない
    • 先行列車の位置による現示変化もマッププラグインで処理する必要がある
  • DxDynamicTexture
    • ストラクチャに割り当てられたテクスチャをGDIHelperで上書きする場合(残り時間インジケータ)、e.Scenario.Route.StructureModels[hoge].Register(fuga) で登録したテクスチャとは別に、Bitmapオブジェクトを用意する必要がある
    • Registerしたストラクチャが参照しているテクスチャのパスを取得する方法がわからない
      • 同じテクスチャデータをマッププラグインと同じディレクトリにコピーしておき、上書き時はそちらを読み込むようにして回避
  • 自列車走行位置の監視
    • 特定の地上子を通過した場合のイベントをマッププラグインで検出したかったが、よくわからず
      • 「独自ステートメント」か「SetBeaconData 関数の互換機能」で実現できそうな気がするのだが・・・
    • 設定ファイル(signalmanager.xml)から監視区間のデータを読み込んで、フレーム毎に監視する方法で回避
  • 設定データの読み込み
    • 外部xmlファイルを読み取るのはあまりスマートでない気がする
    • 「独自ヘッダー」で置き換えられそうに思う

使用ライブラリ・データについて

このシナリオデータを作成するにあたって、次のデータ、ライブラリ類を使用しました。

また、AtsEx開発者であるおーとま氏は当方からの質問を送るたび、快く回答して下さいました。誠にありがとうございました。

参考文献

  • 帝都高速度交通営団, 『東京地下鉄道丸ノ内線建設史 下巻』, 昭和35年, p. 297-304.
  • 帝都高速度交通営団, 『東京地下鉄道荻窪線建設史』, 昭和42年, p. 336-343.
  • 有坂致治. 複合現示式勾配時素信号機について. 信号保安. 1952年, vol. 7, no. 11, p. 333-336.
  • 有坂致治. 地下鉄道渋谷駅の駅時素信号機について. 信号保安. 1957年, vol. 12, no. 11, p. 365-371.
  • Robert J. Bridigum. CAP NUT FOR A TRIP COCK DEVICE INCLUDING A DETENT ARRANGEMENT FOR OVERRIDING AUTOMATIC RESET. U. S. Patent 4,404,987. 1983-09-20.
  • Robert N. Scharpf. TRIP COCK FAULT DETECTOR. U. S. Patent US 8,967,591 B2. 2015-03-03.
  • okwyu0ed, 営団丸の内線 500形 前面展望 中野坂上〜方南町, Youtube
    • 2:37~ 勾配信号機(中野坂上〜中野富士見町)
    • 7:20~ 終端駅進入(方南町場内)

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